ギブズエネルギー

エネルギー表示の基本関係式から新たに作った熱力学関数のうち、ギブズエネルギーは自然な変数がT, p, Nであり相平衡の議論では大変便利なのでよく使われる。すべてが実測可能な状態量であることも重要なのだが、同じくらい重要なのは、温度Tと圧力pを固定して議論するときにギブズエネルギーを使えば、3個ある変数のうち2個を外すことができるということである。特に、全微分をとったときに現れる、dTdpが0になるので、定温過程や定圧過程の議論の見通しがよくなるというわけだ。別の言い方をすれば、ギブズエネルギーの式は、Tpという系の質量に依存しない二個の示強性変数の関数になっており、ヘルムホルツエネルギーやエンタルピーが二個の示量性変数と一個の示強性変数の関数であることと少し異なった個性を持っていると言える。いずれにせよ熱力学においてギブズエネルギーという量は少し特別な量なのである。

ギブズエネルギーはその名のとおりエネルギーの次元を持つ示量性の変数であるが、相平衡の議論に繋がる土台になるので、ギブズエネルギーが示量性変数であることを示すことから議論を始めたいと思う。すでに表4で示したとおり、ギブズエネルギーは、

(80)   \begin{equation*} G=U-TS+pV \end{equation*}

のような形で与えられる。ここで同じ温度Tと同じ圧力pを持つ部分系からなる複合系を考えるとする。簡単のために、部分系1と部分系2からなる複合系を考えると、部分系のギブズエネルギーはそれぞれ、

(81)   \begin{equation*} G_1=U_1-TS_1+pV_1 \end{equation*}

(82)   \begin{equation*} G_2=U_2-TS_2+pV_2 \end{equation*}

と置ける。また、S, U, Vはそれぞれ示量性変数であり相加的additiveなので、複合系のギブズエネルギーは以下のように書くことができる。

(83)   \begin{equation*} \begin{split} G&=U-TS+pV\\ &=(U_1+U_2)-T(S_1+S_2)+p(V_1+V_2) \end{split} \end{equation*}

これは、一見すんなりと頭に入らないかもしれないが、複合系の体積は部分系1と2の体積を単純に足し合わせたものに他ならないことを考えればいささかも不自然ではない。さて、(83)式の右辺を見ると、(81)式と(82)式の右辺を足し合わせたものに他ならないことが分かる。つまり、

(84)   \begin{equation*} G=G_1+G_2 \end{equation*}

であり、これらの考察を一般化して整理すると、部分系の温度と圧力がすべて等しいときは以下の関係が常に成り立つことが導ける。ただし、iは部分系を示す。

(85)   \begin{equation*} G=\sum_i{G_i} \end{equation*}

したがって、すべての部分系が同じ温度と圧力を持つとき、ギブズエネルギーは示量性変数になることが分かる。また、平衡状態においてはすべての示強性変数が一致することがすでに示されているので、平衡状態においてギブズエネルギーは常に示量性変数として振舞うことが導ける。

最後にこの項目をわざわざ入れた意味を書いておく。実は、(85)は相平衡の条件式そのものなのである。議論の流れ上、複数の部分系からなる複合系と言ってきたが、部分系iをそっくりそのまま相iと言い換えることができる。すると、平衡状態であることの必要十分条件は(85)式を満たすことに他ならない。逆に言えば、平衡が平衡状態でなければ各相のギブズエネルギーの合計は、次に示すように系全体のギブズエネルギーとは異なる値になるわけである。

(86)   \begin{equation*} G\neq\sum_i{G_i} \end{equation*}

ところで、この議論の途中で部分系同士の温度と圧力が等しいことを仮定した。これを相平衡の議論に拡張すると、複数の相が共存しているときに系全体が平衡状態にあればその温度と圧力は系のどこでも等しい、ということになる。言うまでもなくこの仮定は実験的、経験的に広く示されているので、今後の議論で公理として使うことにする。これはさまざまな示強性変数の中でも温度と圧力が特に簡単に計測できるからこそ示せるものである。