圧力

日本人にはあまり聞きなじみのないポンド毎平方インチ(psi)を用いる。1 psi=0.006895 MPaである。おそらくこの単位を自由に使いこなせるのは日本ではごく一部だけだろう。

唐突だが、ここで注意しておきたいのは、絶対圧とゲージ圧の区別だ。絶対圧は真空状態を0気圧と定義しているが、一方でゲージ圧とは何かを以下で紹介する。

地球上ではどこにいても空気の圧力(大気圧≒1気圧)が掛かっている。そこで、自転車の空気入れに付属している圧力計を思い出してほしいのだが、適正に空気を入れ終わると6 barとか8 barの空気圧を指すように針が移動する。もし、その状態で自転車のタイヤをパンクさせるとどうなるか? 非常に簡単である。圧力計の針は見る見る下がっていき最終的には0を指すだろう。しかし、ちょっと待ってほしい。本当は地球上の大気に触れているすべての物には1気圧が掛かっているのだから、本来なら圧力計は1気圧(≒1 bar)を指さなくてはならないのではないか? なぜこのようなことが起きるのかといえば、一般の用途に用いる圧力計というものが、大気圧=0気圧と表示するように作られているからだ。

人間にとっては、大気圧がかかっている状態の世界に住んでいるので、大気圧が掛かった状態こそ基準であり、自然な状態な訳だ。このように、現実に感じる圧力の感覚と一致するように、大気圧分の圧力を差し引いて、大気圧=0になるようにした圧力を、圧力計gauge(ゲージ)が表示する圧力という意味でゲージ圧と呼んでいる。すなわち、0気圧(ゲージ)=1気圧(絶対)であり、1気圧(ゲージ)=2気圧(絶対)である。ぴったり1気圧だけゲージ圧のほうが低く表示されているわけだ。物理の問題を解くときに使うのはほぼ例外なく絶対圧だが、実験はほとんどゲージ圧で記録するので、変換を忘れないように注意したい。

また、例えばpsiを使う場合psigとpsiaのようにわざわざ区別して書くことがよくある。接尾辞のgとaはもちろんgaugeとabsoluteの略であり、それぞれゲージ圧と絶対圧を表している。すでに述べたようにちょうど1気圧分ずれているだけなので、変換式は簡単で以下のようになっている。

(1)   \begin{equation*} psig = psia - 14.696 \end{equation*}

言うまでもなく定数14.696は1気圧=14.696 psiaだからである。圧力の単位がパスカルの場合はあまり一般的ではないが、PaAやPaGといった表記を見ることができる。

以上を踏まえると、大気圧以下の状態では圧力計の値がマイナスになることが分かると思う。これが負圧という概念である。人によっては負圧領域(絶対圧力で0気圧以上1気圧未満)のことを広義の真空と呼ぶこともある。気体を想定すると負圧の下限は-1気圧であり、それ以下はありえない。これは気体の分子運動論を持ち出せばすぐに分かることだが、容器の壁に単位時間当たりに衝突する分子の数が仮に0になったとすれば、つまり究極の真空状態を作り出せれば、容器の壁は何の力も受けないことになるので圧力は絶対圧で0気圧になる。(圧力は単位時間あたりに容器の壁単位面積に対して衝突する分子に比例する)

気体を考える限り絶対圧0気圧以下にはならないのだが、液体や固体を想定すればこの限りではない。液体や固体は場合によっては引っ張り応力を生じるので、容器の中の分子が容器の壁を強く引っ張るようなことが起これば、それはすなわち負圧になる。例えばある容器の壁に鉄のパイプを強く固定して引っ張れば壁は負圧を感知することになる。このような場合負圧はマイナス無限大まで定義できる。

圧力は熱力学を構成する根本的な変数(示強性変数intensive variables)のひとつであるが、同様に重要な示強性変数である温度との興味深い違いは、圧力には理論上、上限も下限もないということである。温度には広く知られているとおり絶対零度が下限であり、そこではすべての運動が停止してしまう。一見すると美しい対象性が破られてそうに見えるのだが、ここが物理の面白いところであり実は負の絶対温度というものが定義できる。しかし、熱力学で扱うところの平衡状態では出現しない概念なので差し当たり考えなくてよいことにして議論を進めているのである。