理系の理系によるMBA!?の話
スタンフォード大学の工学部にも日本で言うところの経営工学科に相当する学科が存在する。経営科学工学科Management Science & Engineeringなる学科で学内ではMS&Eと呼ばれている(エムエスエヌイーのように発音される)。ビジネスリーダーを養成する修士課程に重点を置いており、しばしばミニMBAとも認識されている。
授業も会計や金融関係のモデリングや意思決定に関するものが多いが、面白いのはそれらの基礎にあたる数学をかなり重視している点である。学科名にわざわざ科学という単語を入れているのはその表明であろう。数理的なモデルに諸問題を落とし込んでコンピュータの力を使って最適なシナリオを描きだすことを得意としており、汎用的なビジネスを扱いながら純粋に数学的に問題を解決するところに妙味がある。
教授陣も数学者と言える経歴を持つ人物も多い。MS&Eの授業で出される宿題を見てみると、記号と数式ばかりで数学関係の学科としか思えないようなこともよくある。
MS&Eで扱う諸問題に対する数学的なアプローチの核となるのが数理計画法mathematical programmingである。一般的に数理最適化法mathematical optimizationと呼ばれるものと同義で、2005年に亡くなったジョージ・ダンツィクGeorge Dantzig(名誉教授)によって開発された線形計画法linear programming(LP)を核に発展してきた。線形計画法の中でもダンツィク最大の功績として挙げられる単体法simplex methodは線形代数の世界に完結している。彼の狙いは、現実世界の種々の問題(とくに米軍の戦略策定)をコンピュータの力のみで解くことだったため、問題の記述から求解まですべてを数学的に解釈できるように理論を作り上げたわけである。現代では線形問題にとどまらず非線形問題の研究も進んでおり、金融機関のポートフォリオ最適化や連邦準備銀行の利息予測など数理計画法の利用は世界に広がっている。
数理計画法自体は数学の一分野であるが、ここから発展した応用的学問をオペレーションズ・リサーチoperations research(OR)という。MS&Eではダンツィクの元教え子が今も教鞭を取っており、スタンフォードがオペレーションズ・リサーチの分野において複数の調査で世界ランク首位の評価を受けているのも当然と言えよう。
スタンフォードの工学部出身と言えば、グーグルという企業もまた線形代数を応用して現代的な検索エンジンを作り上げた。彼らの屋台骨を支えているのは今日でも線形代数学そのものである。あるスタンフォードの教授が言うにはグーグルは現在でも世界で最も行列やベクトルの演算をし続けている企業であるとのことだ。
ダンツィクらの線形計画法とグーグルの検索エンジンに共通するのは、ビジネスと数学をうまく結び付けている、線形代数学を用いている、コンピュータの力を大いに活用している、といった点である。シリコンバレーの秘密を探りたければ、チャレンジ精神に満ちていて自由闊達だ、クレイジーだ、いつも穏やかないい天気だ、などといった環境の考察(ちなみにこれらほとんどは真実ではない)や構造的な特徴の考察だけでなく、数学の力にも目を向けるべきだと思う。そして私が身を置いているシミュレーションの世界でもそうだが、スタンフォードは本当に線形代数を扱うのが得意だと思う。
工学部の一角には、スタンフォードが生み出したネットワークボードやマイクロプロセッサーやヤフーの初期のサーバなどと並んで、ジョージ・ダンツィクの功績をたたえるコーナーがある。