状態量

マクロな系が平衡状態にあるときに一意的に決まり、過去の履歴や経路に依存しない物理量のことを状態量state quantityまたは状態変数state variableと言う。つまり、今まで議論してきた熱力学的な平衡状態を記述する基本的な物理量のことを状態量と呼ぶわけである。圧力・体積・温度をはじめ熱力学で用いる変数のほとんどが状態量であるが、熱量heatと仕事workだけは状態量の変化を表しており状態量の仲間ではない。これら二つの量は系がどのように変化してきたかの過程processを示す量でありプロセス量process quantityと呼ばれる。あまり日本語ではなじみのない言葉なのだが、無理やり訳すならば過程量とでも呼べばよいだろう。

表2は状態量と過程量を列挙したものである。見てのとおり非常に多くの変数が熱力学には定義されている。しかしそれらは独立に変化できる訳でなく、関係式によって制限し合っている。したがって、熱力学では実際に観測できるいくつかの変数をうまく選べばよいというスタンスが成り立つ。例えば、熱力学の基本法則を記述する際にエントロピーentropyという状態量を用いるのだが、困ったことにエントロピーは直接実験や計測などで観測することができない。そこで実際に使える状態量で系が記述できるように基本法則を数学的に変換してゆくのだが、この過程で登場する状態量が増えていくのである。本来エントロピーや内部エネルギーだけできれいに平衡状態を記述できるのが熱力学である。しかし人間が見たり感じたりできる量をその理論の中で使おうとすると、変数が増えたり、その変換式が定義されたりしてしまい、皮肉なことにそのような変換作業が熱力学を非常に分かりにくくしている。この章ではこのあとエントロピーが変数として含まれている基本関係式を、ルジャンドル変換Legendre transformationという手法を駆使して実際に利用できる式の形に変換してゆくことになるが、その話が複雑になるのは本来あるべき熱力学の形ではないからだと言えよう。

表2 状態量と過程量

Property 量	Symbol 記号	Extensive/Intensive 示量性/示強性	Conjugate 共役	State Quantities? 状態量
Activity 活量	A	Intensive 示強性		✓
Chemical potential 化学ポテンシャル	μ	Intensive 示強性	N	✓
Compressibility (adiabatic) 断熱圧縮率	κS	Intensive 示強性		✓
Compressibility (isothermal) 等温圧縮率	κT	Intensive 示強性		✓
Density 密度	ρ	Intensive 示強性		✓
Enthalpy エンタルピー	H	Extensive 示量性		✓
Entropy エントロピー	S	Extensive 示量性	T	✓
Fugacity フュガシティ	f	Intensive 示強性		✓
Gas constant 気体定数	R	Intensive 示強性		✓
Gibbs free energy ギブズ自由エネルギー	G	Extensive 示量性		✓
Gibbs free entropy ギブズ自由エントロピー	Ξ	Extensive 示量性		✓
Grand potentioal グランドポテンシャル	Ω	Extensive 示量性		✓
Heat 熱量	Q	Extensive 示量性
Heat capacity (isobaric) 定圧熱容量	Cp	Extensive 示量性		✓
Heat capacity (isovolumetric) 定積熱容量	Cv	Extensive 示量性		✓
Helmholtz free energy ヘルムホルツ自由エネルギー	F	Extensive 示量性		✓
Helmholtz free entropy ヘルムホルツ自由エントロピー	Φ	Extensive 示量性		✓
Internal energy 内部エネルギー	U	Extensive 示量性		✓
Internal pressure 内部圧力	πT	Intensive 示強性		✓
Mass 質量	m	Extensive 示量性		✓
Molar volume モル体積	v	Intensive 示強性		✓
Particle number 粒子数	N	Extensive 示量性	μ	✓
Pressure 圧力	p	Intensive 示強性	V	✓
Temperature 温度	T	Intensive 示強性	S	✓
Thermal conductivity 熱伝導率	κ	Intensive 示強性		✓
Thermal diffusivity 熱拡散係数	α	Intensive 示強性		✓
Volume 体積	V	Extensive 示量性	p	✓
Work 仕事	W	Extensive 示量性