私たちは最終的には熱力学を用いて、異なる複数の相を特徴付ける情報が知りたいのであった。そこでさしあたり、これからやりたいことは次の二点である。ひとつは、基本関係式の変数であるエントロピーもしくは内部エネルギーという量は簡単に実測できるものではなく、直接使いたくないのでどうにかしたい。もうひとつは、今まで式展開の中で相を扱う議論を全くしていないのでその準備をしたい。ここからはこれらの問題に取り組もうと思う。まずは、基本関係式の中でエントロピーや内部エネルギーといった示量性変数を変数に取る代わりに、示強性変数に置き換えることを考える。
まず思い出してほしいのだが、熱力学的な平衡状態を最も自然に記述できる基本関係式は以下のように与えられているのであった。
この形式はエントロピー表示の基本方程式と呼ばれており、その良好な解析性から内部エネルギーUについて解くことができて以下のようにも書くことができる。
こちらの形式はエネルギー表示の基本方程式と呼ばれていると説明した。どちらの式を用いても完全に等価であるが、例えば(9)式を用いて議論をすると、平衡状態はU, V, Nの値によって一意的に定まる。
U, V, NやS, V, Nの一部を示強性変数に置き換えるにはルジャンドル変換なる数学的な変形手法を用いる。結果から書いてしまうと、ルジャンドル変換によって以下のような派生型の基本関係式を得ることができる。
- ヘルムホルツの自由エネルギーHelmholtz free energy
- エンタルピーenthalpy
- ギブズの自由エネルギーGibbs free energy
ルジャンドル変換により得られた上記の1~3のような基本関係式は、系の熱力学的な性質を完全に決定する。すなわち、これらの基本関係式を知っていることとS(U, V, N)を知っていることは完全に等価であり、これらの基本関係式のことをS(U, V, N)と等価な関数という意味で、完全な熱力学関数thermodynamic potentialと呼ぶ。別の言い方をすれば完全な熱力学関数とは、系の熱力学的性質を完全に記述するように変数を選んで作られた熱力学関数と言える。ルジャンドル変換で得られた(58)~(60)の式はいつでも逆ルジャンドル変換という処理を経て(9)式や(10)式に戻すことができることが分かれば、なぜ(58)~(60)式を完全な熱力学関数と言えるのか腑に落ちるだろう。
S = S(U, V, N)
Uについて解く↓↑Sについて解く
U = U(S, V, N)
ルジャンドル変換↓↑逆ルジャンドル変換
F = F(T, V, N)、H = H(S, p, N)
ルジャンドル変換↓↑逆ルジャンドル変換
G = G(T, p, N)
ただし、平衡状態は多くの場合において、T, V, NやT, p, N、S, p, Nを与えれば平衡状態が一意的に決まるものの、相転移があるときは平衡状態が一意的に定まらないことがある。これは、例えば、T, V, NとS, V, Nの関係が1対1対応ではなく、1対多対応となるからである。逆にS, V, Nが定まれば、T, V, Nは一意的に定まる。その意味では常に示量性変数をエネルギー(またはエントロピー)の自然な変数に取った基本関係式を使えばよいのだが、わざわざルジャンドル変換を経て得られた派生型を使うのは、温度や圧力といった実測可能な量を用いることができるからと、実験などでよくありがちな温度や圧力を固定する場合において、dTやdpといった値が0になるので式を圧倒的に簡単にできるからである。